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クロツバメシジミ:準絶滅危惧種、生態学んで保護活動 今治・岡村小の児童3人

(2015/06/04 毎日新聞 地方)

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環境省が準絶滅危惧種(将来的に絶滅する危険性がある)に指定する小さなチョウ「クロツバメシジミ」が生息する今治市沖の岡村島で、市立岡村小の全校児童3人が生態を学びながら保護活動を行った。

 クロツバメシジミの生態に詳しい同島の元郵便局長、舩越清忠さん(66)の指導で、幼虫の餌になるツメレンゲの観察と種まきをした。校庭で冬を越した葉の裏には幼虫が食べた跡がところどころ残り、「どこに食べた跡があるか探そう」と3人に呼び掛けた。

 3人は12月、クロツバメシジミの保護について学んだことを地域の人たちに報告する予定で、「これからもツメレンゲの水やりをみんなで続けたい」(5年・須賀大翔(まさと)君)、「まだ知らなかったことをもっと知りたい」(4年・橋本涼君)、「食べた跡で幼虫も頑張ってるんだと分かった」(3年・村上はるさん)と、それぞれに身近に感じた様子だった。

 クロツバメシジミは羽を広げた長さが3センチほど。本州や四国、九州の人家の周辺や山地に局地的にすみ、岡村島では同校を中心に島を挙げた保護活動が1992年から続く。【松倉展人】


http://mainichi.jp/area/ehime/news/20150604ddlk38040706000c.html
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瀬戸内海のクロツバメ、、海に近いのでしょうか。どんな環境か想像できません。
これからも守ってほしいです。
(by parnassus7)
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by parnassus7 | 2015-06-04 13:41 | シジミチョウ科

四国見聞録:クロツバメシジミの島・関前/下 愛媛県今治市 /四国

(毎日新聞 2011/05/09)
http://mainichi.jp/area/tokushima/kenbunroku/news/20110510ddlk39040666000c.html

◇石灰石採掘の小大下、ミカンの島・大下 昔にぎわい、今忘れられ
 愛媛県今治市の今治城の石垣に生息する珍しいチョウ「クロツバメシジミ」は、武将・藤堂高虎が築城した江戸時代初期、海を挟んで約20キロ離れた関前地域から石垣用に運んできた石灰石に、卵と食草が付着していたため、と信じられている。約400年前のことだ。チョウの卵が旅したかもしれないルートを逆にたどり、関前地域の今を見た。【津島史人】

 先月下旬、今治港から船に乗り、前回行った岡村島の東隣りにある小大下(こおげ)島で降りた。面積約0・9平方キロ、周囲3・4キロ。関前地域の主要3島の中で最も小さい。しかし、この島はかつて、「島の形が変わった」と表現されるほど、石灰石の採掘でにぎわった。

 最初に訪れたのは、採掘跡から湧き出た水を利用した水源池。海底送水管で岡村島まで水を運んでいる。しかし、澄んだ深緑色をした池は、白い石灰岩質のがけに囲まれて雑木で覆われ、まるで自然の池のようだ。

 本当に採掘で地形が変わり、大勢の人でにぎわったのだろうか。

 「本当よ。あそこの山は、今よりこんだけ高かったんやけん」。港に戻る途中、ミカン畑で作業していた堀川斡弘さん(70)に尋ねると、身振り手振りで説明してくれた。堀川さんは島生まれ。にぎわいは、子供時代の日常だったという。

 石灰石は、主にセメントの原材料。旧関前村の村史によると、採掘が本格化したのは明治時代。大正期には東京や大阪などから大手資本も参入し、労働者であふれた。太平洋戦争後は、全国のセメント不足のため、復興に大きな役割を担った。

 堀川さんが案内してくれるといい、港に戻って海岸線沿いを東へ。低木が密集するやぶの奥には、石灰を焼いた炉の跡がいくつも見えた。さらに進むと、赤茶色の錆びに覆われた円筒形の塔が現れた。高さ十数メートル、直径約3メートル。リベットが打ち込んである。戦前のものだとか。堀川さんは言う。「山の上で採掘した石灰を、ワイヤーロープやベルトコンベヤで運んでためとった貯蔵タンク。昔は、同じ物が島の別の港に二つあった」。石灰は運搬船に積まれ、阪神地区などへと運ばれた。小大下島では、戦後10年で石灰石の生産量は減少。取り尽されたのだ。大手資本は撤退し、鉱山の閉山も相次いだ。77年には採掘が完全に終了。50年前に500人以上いた住民は現在、20人ほどだ。

 かつては、機械音や作業員の声でにぎわっただろう、貯蔵タンクの周辺。耳を澄ましても、波の音しか聞こえなかった。

    ◇   ◇

 続いて、小大下島から船で約10分の大下(おおげ)島(面積1・5平方キロ、周囲7・8キロ)へ。ミカン栽培で栄えた島だ。

 総代の秋山雅通さん(68)を訪ね、島の今昔を知る久保正則さん(88)を紹介してもらって話を聞いた。

 久保さんは、山肌を指差して「昔は、この山一帯がミカン畑やった」と説明する。地質のためか、島で栽培するミカンは味が良く、高い値がついた。このため、戦後までは110軒以上がミカン農家を営んでいた。

 ミカンの価格低迷、高齢化、後継者不足で島民は減り、今は約40軒と4分の1に。人口は、50年前の600人以上から100人余りにまで落ち込んだ。

 かろうじて活気が残るのは、「紅まどんな」など、かんきつ類の新品種栽培があるからだ。しかし、昨年6月には、物品や人を運搬する渡海船も廃止された。「これからも、人は減るだろうな」。久保さんがつぶやいた。

 また、この島では、うどんが郷土料理として母から娘へ伝えられてきた。ここまで来たからには、そのうどんを味わってみたい。大下婦人会の会長、山口広美さん(70)にお願いすると快諾。婦人会のメンバーと3人で、島の「加工場」を使って調理してくれた。

 うどん粉をこね、めん棒で伸ばす。ゆで上がったうどんを水で締め、シンプルにしょうゆとうま味調味料をかけ、はしですする。うまいっ!

 なぜ、うどんなのか。久保さんによると、戦後の食糧難の時代、収入につながる作物として、小麦の栽培が盛んに行われた。そこから、島民食として、うどんが発達したという。祝い事や法事、農作業の終了を祝う祭りでも振る舞われた。しかし、若い世代が島にいないため、伝統が途切れる危機にある。私が「これだけおいしいもの、残したいでしょう」と聞くと、山口さんらは「どぅやろね。子供らは島外で暮らしているし」と答えた。

  ◇  ◇

 両島とも、時代に求められて活況を呈し、時が過ぎると忘れられた。実際に島を訪ねると、島と人の息遣いが感じられた。10年、20年後に、どうなっているだろうか。人はいるのか、歴史は語りつがれているのか。「もう一度来ようと」と思い、島を後にした。

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 小大下島、大下島(ともに愛媛県今治市)へは、今治港の第3桟橋(今治市片原町1)から市営フェリーでは約1時間、小大下、大下間は約10分。フェリーの両島へ発着する便は、1日3本。その他、旅客船も出ている。水源池は、小大下島フェリー発着所から歩いて5分。石灰石の貯蔵タンクは、海岸沿いに歩いて15分で行ける。
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by parnassus7 | 2011-05-09 20:20 | シジミチョウ科

四国見聞録:クロツバメシジミの島・関前/上 愛媛県今治市 /四国

(毎日新聞 2011/05/03)
http://mainichi.jp/area/kagawa/kenbunroku/news/20110503ddlk39040578000c.html

◇チョウに思いを懸けた 地域起こしの起爆剤
 愛媛県今治市の北西部、広島県との県境の瀬戸内海に浮かぶ3島などからなる関前地区。ここには、羽を開いた際の長さがわずか2、3センチの珍しいチョウ「クロツバメシジミ」がいる。今治市に合併する前の旧関前村では、この小さなチョウに思いを懸けた村起こしの取り組みが続けられてきた。そろそろ今年も新たに誕生した成虫が、活動を始める。4月中旬、チョウを愛する人々と、できればチョウそのものにも会いたいと、関前へ向かった。【津島史人】

 今治港からフェリーに乗り、来島海峡の島々を抜け「しまなみ海道」の巨大な橋脚を見上げて約1時間。船は、3島で最も人口の多い岡村島(3月末で442人)に着いた。

 クロツバメシジミは主に中四国や九州で局地的に生息する。幼虫の時にはツメレンゲなどを食べ、春から秋にかけ、断崖などで生息する。環境省のレッドデータリストでは、準絶滅危惧(きぐ)種に指定されている。

 岡村島で初めて発見されたのは89年。見つけたのは、関前郵便局に勤務していた舩越清忠さん(62)だ。

 舩越さんは昨年4月に9年間務めた郵便局長を辞めた。今は港務所の空きスペースを利用してクロツバメシジミの標本などを展示したギャラリー「ちょうちょ島館」を運営している。同館でコーヒーを飲みながら、舩越さんに話を聞いた。

 「いるかもしれないって聞いて、格好の地域起こしの起爆剤になると。少子高齢化に歯止めがかかるかな、と思って」と、探し出したきっかけを語る。

 海を隔てて約20キロ離れた今治市の今治城。石垣の南側にだけクロツバメシジミが生息していることが、数十年前から知られている。しかし、なぜこの場所だけなのか、専門家の間でも謎だった。

 舩越さんは、知り合いの愛蝶家から、「関前から来たんじゃないか」と言われた。今治城の石垣は、関前から切り出した石灰岩で組んだのではないか。その石灰岩に卵やツメレンゲが付着していたため繁殖したのではないか、というのだ。

 調査を始めた舩越さんは、ツメレンゲの繁殖地を探した。全部で26カ所見つけたが、肝心のチョウはなかなか見つからない。「ある日、妻からツメレンゲがいっぱいある場所があると聞き行くと、2匹が飛んでいた」。捕まえてすぐに村役場に走り、職員らに「おったぞ!」と見せた。

 毎晩のように友人と自宅に集まり、クロツバメシジミを生かした村起こしについて意見を出し合った。併せて、生態とツメレンゲの増やし方を研究。大事に育てたツメレンゲが台風で全滅したこともあったが、95年には村のチョウとしても指定され、古里の象徴として認識されるようになり、テレビや新聞が取材に訪れたという。

 それでも、人口減少を止めるには足りない。周辺市町村と合併した05年1月には800人近くいたが、今年3月末には586人に。

 舩越さんは「それでも、我々は生きていかにゃならん。ここを、少しでも魅力ある場所にするのに、貢献できたらええかな、と思っている」と笑った。

  ◇  ◇

 舩越さんが、関前で唯一の岡村小学校で保護活動を児童に指導すると聞き、同行した。

 「幼虫は、葉が肉厚な草を好みます。中でも好きなのは、ツメレンゲ」「1回の産卵で30個ぐらい産みます」。全校児童7人に、チョウの標本やツメレンゲの鉢植えを並べて説明。その後、子供たちは校庭へ出て、割りばしを手に、ツメレンゲを株分けした。同小は、舩越さんがクロツバメシジミを発見した3年後から、代々保護活動に取り組んでいる。

 6年の菅修也君(11)は「自分たちも、先輩たちから引き継いできたので、活動を途切れさせてはいけない。みんなで大事にしなければ、と思う」。

 取材を終え、引き上げようとすると、「いますよ!」という職員の声が響いた。帰り支度の児童や先生たちが、一斉に校庭の1カ所に集まった。

 いた。黒褐色の羽、オレンジの斑点。確かにクロツバメシジミだ。草の葉に、子供の指にと、ひらひら飛び移っていた。

 入学したばかりの1年、須賀大翔君(7)は「これがみんなが大好きなチョウだな。すごいな」と喜んだ。

 クロツバメシジミに会えた。私自身も初めての遭遇。胸が熱くなった。

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 岡村島(愛媛県今治市)へは、今治港の第3桟橋(今治市片原町1)から市営フェリーで約1時間。広島県呉市とは橋でつながっている。「ちょうちょ島館」は、船を降りてすぐの港務所2階にある。館長の舩越さん手作りのカレーなどが味わえるカフェを併設。今のところ、営業日は土日のみ。舩越さん(090・8972・1428)。
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by parnassus7 | 2011-05-03 20:18 | シジミチョウ科